秋も深まる昨今、科学者の心を騒がせるのは海の果てスウェーデンより発表されるノーベル賞。
日本はカズオ・イシグロ氏の文学賞受賞が話題になってますね。
文学賞の前日に発表されたノーベル化学賞、今年はクライオ電子顕微鏡観察法の開発に貢献した三氏に授与されました。

化学賞なのに観察法 ?
というご意見もあるかもしれません。
でも化学は創る手法と観る手法がフィードバックし合って発展できるもの。
2014年ノーベル化学賞も「超解像顕微鏡の開発」に授与されており「観察」は化学にとって重要な研究分野です。

杜の都の研究者しきなかレンジャーにも縁が深い技術であるため、解説に白羽の矢が立ちました。

授与対象の技法は「透過型電子顕微鏡 (透過電顕)」に根幹を成します。
透過電顕は試料に電子を当て、その影絵を投影し観察します。
(電子の通りやすさでコントラストができる)光学顕微鏡よりも波長の短い電子を使うため分子よりも小さいスケールが観察可能。
誕生して100年も満たないですが化学の発展に大いに寄与しております。
クライオ電子顕微鏡法はタンパク質を例とした「水に溶けている分子」を透過電顕で直接観察する手法。
透過電顕観察は電子を使うため試料を真空雰囲気に導入する必要があります。
真空中で水は蒸発するため水を含んだ分子は変形します。

ではどうするか ?
受賞者三名の紆余曲折により「水を急速凍結しガラス化する」手法が編み出されました。
(余談ですが「クライオ」とは「低温・冷凍」の意の接頭辞「冷却」が本技法の肝です)通常水は冷やすと氷になる。
氷は結晶なので電子をはじくのみならず分子を変形させます。
これに対し受賞者らは水が氷になれないほどのスピードで急速凍結し水をガラス化(図1)、それを冷やしたまま透過電顕に導入し水中と同じ状態の分子を観察することに初めて成功しました。


図1:クライオ電子顕微鏡試料作製例
左:試料作製装置。液体窒素で装置を冷却し冷媒(液化エタン)を作成。
右:試料作製法模式図。メッシュに載せた含水試料を冷媒に漬け込み急速凍結する。

これにより変形がまぬがれた「生の状態」の含水試料が観察できます (図2)。


図2:タンパク質ナノチューブ「微小管」の透過電子顕微鏡像
左:クライオ電子顕微鏡法による像。20~30 nmの外径を持つ微小管の構造が保たれている。
右:乾燥試料による像。水が失われ変形し外径が40~50 nmとなっている。

更に受賞者らは顕微鏡像から計算科学的手法により高い解像度で立体構造を再構築することにも成功しました。
透過電顕の性能向上やコンピューティングの発展も相まって、クライオ電子顕微鏡法はX線結晶構造解析法や核磁気共鳴分光法に並ぶ第三の構造解析法として席巻することとなりました。
高分子の分野でも生体内で活躍する薬剤送達ミセルや水を含んだゲルの構造を見るために用いられております。
装置コストや技術の関係で気軽に取り組める顕微鏡法ではないですが、未来の高分子化学を担う基幹技術と言えるでしょう。

敷中レンジャー